〈平凡な春を生きたし百年のむかし誰かの夢見し春を〉梶原さい子
〈終の日のわが感情であれよかし青空より降る真冬のひかり〉小野寺寿子
一首目は朝日新聞「みちのく歌壇」(2026/1/6)の選者梶原さんの「選者新春詠」、次の小野寺寿子さんの歌は、同欄の「2025年・年間賞・最優秀賞」の作品である。
いずれも不思議な歌だ。作者の意図した情景や思いは分からないのだが、なんとも言えず納得して心に収まる言葉たちである。百年ほど昔に誰かが夢みた春、とはどのようなものだったのだろうか。それはどうでもいいことなのだが、過ぎてゆく時間、また来る春、遠き日近き日の思いが、かすみながら夢のように巡る。
終の日は必ず来るが、その時どのような私なのだろうか。誰にも知られず消えていく私の心。「青空より降る真冬のひかり」というのが、とてもふさわしいように思える。歌を読み終えてこのような気持ちを抱く。その時は絶対孤独の中にいて青空に抱かれるというのはありがたいような気がする。この方は以前取り上げた「この世とはいつの世ならむその昔滅びし星の光が届く」の作者でもある。これについて私は、下の句についての思いを述べたのだったが、「この世とはいつの世ならむ」に重きをおくべきなのかもしれない。夢のように過ぎていくこの世。私はいつの世に生きているのだろうか。
2026/01