コルビニアン・ブロードマン


コルビニアン・ブロードマン(Korbinian Brodmann, 1868-1918)の名前を知っている人はそれほど多くはないであろう。私は定年までの数年間に言語と脳についての仕事に携わる機会があり、この神経解剖学者の名前を知った。ウェブ上に[注1]のような記述があった。

[以下2節の引用、注1:「ブロードマン没後99年に寄せて(河村満)」]
 1918年8月22日,1人の男が敗血症により49歳の若さで亡くなりました。名前はコルビニアン・ブロードマン。彼の名前の冠された脳地図は彼が亡くなった後も,神経学,神経科学研究の基礎をなす土台となり続け,それは現在まで続いています。
 ブロードマンの脳地図はつまり,形態の差異に基づいた脳の区分図なのですが,なぜこのような図がその後の研究者たちの大きな道しるべとなったのでしょうか。それは,形態の差異が機能の差異に結び付いたからです。

脳の機能を勉強しようとする人は、今日でも必ず「ブロードマン脳地図」に出会う。彼がヒト脳の機能地図に付いての論文を発表したのは1908年なので、それからもう120年近く経っている。その翌年に研究を集成した本[注2]が出版されている。なお、この本は出版元は変わっているが、今でも2020年ドイツ語版がAmazon.deにて入手可能である。私の持っているものは英訳本[注3]である。研究の流れの速い今日でもブロードマン地図は生き残っている。

[以下2節の引用、注4:「ブロードマンの脳地図(黒澤一弘|解剖学)」]
 ブロードマンの原著では52領域が定義されていますが、後の研究で「人間には該当しない番号」「動物のみに対応する番号」があることが判明し、さらに細分化された領域が提唱されるなど、現在までにさまざまな修正や追加が行われてきました。それでも「ブロードマン地図」という呼び方が依然として標準で使われるのは、彼が築いた分類体系の基礎がいかに堅固であったかを物語っています。
 ブロードマンの脳地図は、当初から「顕微鏡レベルでの構造に基づく客観的な区分」を目指した点が画期的でした。彼が編み出した番号体系は、必ずしも機能的連続性を反映していないものの、世界中の神経科学者や臨床医にとって共通言語としての役割を果たし続けているのが大きな意義といえます。

ブロードマン脳地図は、左脳の外側面と右脳の内側面を描き、大脳皮質に52個の番号を割り当てている[注5, 下図]。今日、fMRIなどで脳機能の可視化技術が発達し、活性化される箇所を特定する場合にどのブロードマン領域(番号)が活性化されているかを問題にすることが行われており、この地図の有用性が維持されている。脳と言語といえば、44, 45番のブロカ野と22番のウェルニッケ野である。これらは、重大な言語機能を司る言語野であるが、これらの領域を中心に左脳全体が言語機能を担っていると言っても過言ではない。fMRIによる多言語話者や外国語学習者に対する実験の結果を見ると、角回、縁上回、上側頭回、下前頭回、補足運動野、そして後頭葉の舌状回、大脳基底核内の被殻なども活性化するようである。問題の設定によっては、小脳の一部まで広がる場合もある。最終的には前頭前野が、認知機能全体を眺めながら言語の生成や理解を管理しているのであろう。

子供時代のみにあり得る母語習得、幼児期の多言語同時習得、バイリンガル脳、大学生の第二外国語習得、失語症や言語障害の治療など、不思議な分からないことは多い。いつの日かヒト言語のはたらきが、脳科学の言葉で解明されることがあり得るのだろうか。同時に、言語理論が脳科学の知見を説明できることになるのだろうか。チョムスキー生成文法が想定してきたヒト種に固有の言語能力や普遍文法は、脳内を可視化できるようになった今、その実体的な根拠が求められている。また、大規模言語モデルを携えた生成AIもリアルタイムでの言語生成を駆使し、言語理論との整合性を求めているのではないか。脳科学および計算機科学との共存が言語学に迫られる時代となっている[注6,7]。


[注1]ブロードマン没後99年に寄せて(河村満
[注2]Brodmann, K.: Beiträge zur histologischen Lokalisation der Grosshirnrinde, Barth: Leipzig, 1909 (MV-Natural_Science, 2020, 332p.)
[注3](Tranlated and edited by) Garey, L. J. : Brodmann’s `Localisation in the Cerebral Cortex`, Imperial College Press, 1999, 320p.
[注4]ブロードマンの脳地図(Brodmann map)このサイトには「ブロードマン領域一覧」として、52のブロードマン地図番号とこれに対応する解剖学的名称および主な脳機能の表が掲載されている。
[注5]Wikipedia ブロードマンの脳地図
[注6]峯岸真琴:脳科学と共存する言語理論は可能か?, 認知神経科学, 20 (2), 111-119, 2018
[注7]金野竜太:言語学と脳科学、失語症学の歩み寄り, 認知神経科学, 20 (3,4), 182-183, 2018
[参考資料]
・ Höhne, K.H., et al.: VOXEL-MAN 3D-Navigator Brain and Skull – Regional, Functional and Radiological Anatomy, Springer, 2001
・ 永井知代子(訳):言語脳アトラス―高次脳機能を学ぶ人のために, インテルナ出版, 2015, 144p. (Michael Petrides: Neuroanatomy of Language Regions of the Human Brain, Academic Press, 2013, 160p.)
・ 横山悟:脳からの言語研究入門―最新の知見から研究方法まで, ひつじ書房, 2010, 146p..

2025/03

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