〈最後まで家で看られなくてごめん百歳半の母施設入所〉
〈歳なれば考えられぬ五年先されど星想う千億光年〉
親の介護と自分の老後、いつの時代も誰もが出会う問題である。上掲の作品の作者らはいずれも私と同世代かそれより上であろう。私にも短歌を作っていた頃があった。昔を想う歌、親の介護の歌、迫りくる老年の歌、そんなものばかりである。面白いことや楽しいこと、いろいろなことがあったはずの70数年なのに、そんな思いしか心に浮かばない。ある歌会にも長く参加したが、退職後の趣味として短歌を作る人たちはこのような私と傾向が似ている。長く歌人として短歌会を主宰している方々は、老人にありがちな回顧詠嘆的な傾向をあまり歓迎しないというのが私の印象である。この日の歌壇[日本経済新聞歌壇 2024/10/19]でも選者2名で24首選んでいるが、この2首だけがこの方向である。これらの歌をみて私には久しぶりに強く共感するものがあった。
母が亡くなってもうしばらく経つ。ある日というか次第にというか、親の老化はやってくる。生活支援そして介護を懸命にやったが、寿命には逆らえない。すべてが時間の問題である。母には100歳、120歳までも生きていてもらいたかった、いつまでも ⋯ 。日々弱りゆく母、それに戸惑う私、介護の日々は無我夢中である。その日暮らし、自分の年齢や疲労を考えているヒマはない。そうこうしているうちに、腰を痛め、膝を痛め、肩を痛め、母親を他人にお願いすることを考えるようになる。最後まで家で看れなくてごめんね、と言うしかない。
親老いてデイケア特養見学しそのつど悲しさこみ上げてくる
忘られぬ哀しみのあり母ひとり介護施設において去るとき
親失くしおのれの介護いつまでも悔やみ続けてなす術もなし
母がいて介護ベッドのありし日を思へば今日の家の広さよ
何の目標もない生活に入りもうだいぶ経つ。先日、先輩の突然の訃報があった。80歳で元気で暮らしていたのに心筋梗塞とのこと。まだ若いのにとふと思うのだが、実はもう若くはなく、私自身も死亡年齢分布グラフの頂上に近いところにいる。同窓会名簿を見ると、大学受験に一緒に出かけた懐かしい友がもう物故者リストに入っている。あと何年生きるのか分からないのだが、60光年先の恒星グリーゼ710は、130万年後に太陽系に入ってくるとのこと、250万光年離れているアンドロメダ銀河が40億年後にはわが銀河系に衝突するとのこと。どうなるのだろうなどと考えている、無益なことと思いながら。
散る花も流るる雲も人の死も停めておく術なきものばかり
ここへ来て吾いまのぞむ平安の立ち去りがたき地球のこの世
暗闇のただ中をゆく地球なり生死気に病むわれらを乗せて
日はめぐり三十年過ぎ六十年人移りゆく銀河系あり
2024/10