最後に飛行機に乗ったのは2016年の夏であった。全日空のボーイングB737、機長から富士山が見えるとの案内があった。この写真はそのとき撮ったものである。左下に松本市、右側に中央アルプス本体の一部、かなたに富士山とその先にかすかに伊豆半島と太平洋が臨まれる。雲が浮かび、美しい夏の風景である。

あれからもうほぼ10年、飛行機には乗っていない。私にとっての最初の飛行機ははるか昔1963年の夏、日本航空ダグラス DC-8である。ライト兄弟が飛行機で飛んだのが1903年なので、そのたった60年後には私自身がジェット機に乗っている。このときはハワイで一度給油してサンフランシスコに着いた。ハワイで停まるので15時間ぐらいかかったと思う。一方、今は同じコースで例えば全日空B787だとノンストップで9時間。また、最長距離のノンストップ定期便はシンガポール航空のエアバスA350でシンガポール・ニューヨーク便18時間とのこと。
飛行機というものは離陸時にはあっという間に雲の上に出てしまうので、下を見下ろすチャンスはあまりない。晴れていれば地上をはるか上から眺めることはできるのだが、地形が分かる程度である。逆に着陸時はゆっくり降りてくる。地上の風景を低空からしばらく見つめていることができる。空から見おろす風景というものは格別である。夕闇迫る古都アムステルダムの町並み、漆黒の海から次第に近づいてくる碁盤の目にライトアップされたロスアンゼルスの街路。真冬のウランバートルには2度行っている。マイナス30度が普通の日常、マイナス10度となると春が来たようだという。下の写真は、その時のウランバートルである。眼下の雪の平原に煙が立ち上っている。もう少し近づくとその横に凍りついた街並が見える。煙は街全体を温めているスチーム暖房の蒸気である。空は澄んでいる。左側から夕日が差し込んで、日没が近づいているようだ。

海外での日本のイメージと言えば東京の喧騒や京都の寺院などだが、私にとっての日本は緑濃い土地というものである。私は次第に近づいてくる青緑色の山野をじっと見つめる、光を受けてきらめく水田を見ている。小さい街々が散在している。それらを縫いつなぐように道路が見える。車が左側を走っている、ああ日本に戻ったなという私の実感がある。
星の王子さまのAntoine de Saint-Exubery (1900-1944) サン=テグジュペリは、パイロットで文章家である。郵便飛行機のパイロットであった彼には飛行機乗りでなければ書けない空から見た風景を中心にした作品群がある。夜間飛行、南方郵便機、人間の大地、戦う操縦士。これらを学生の頃から愛読してきた。フランス語は分からないので、日本語訳である[注1]。彼は戦時の飛行機乗りでもあって、膨大な「戦時の記録」も残している。1944年彼は偵察機に乗ってドイツ軍に撃墜されたと言われている。44歳。2000年にマルセイユ沖の海底で機体が発見され、それが連合軍の記録との照合でサン=テグジュペリの乗っていた偵察機であることが分かった。
下記は「夜間飛行」の冒頭部分である。この名著には多くの和訳がある。それらを古い順に列挙してみる。訳者によってそれぞれ好みの日本語表現が違うようだ。私としては、野崎訳が読みやすく美しくできていると思う。パタゴニアからブエノスアイレスへと向かう郵便飛行機を操縦する飛行士ファビアンの視点からの描写である。
機体の下に見える小山の群れが、早くも暮れ方の金いろの光の中に、陰影の航跡を深めつつあった。平野が輝かしくなってきた。しかもいつまでも衰えない輝きだ。この国にあっては、冬が過ぎてから、雪がいつまでも消え残ると同じく、平野に夕暮の金いろがいつまでも消え残るならわしだ。(新潮文庫、堀口大學訳 1956, p.16)
機体のしたに連なる丘陵が、はやくも夕暮れの金色の光のなかで、その影の航跡を深めつつあった。平野は輝きはじめていた。しかも衰えを知らぬ輝きによって。この地方では、平野はいつまでも金色の光を残す。冬が過ぎ去ったあと、いつまでも雪を残すのとおなじように。(みすず書房、山崎庸一郎訳 1984, p.9)
夕暮れの黄金の光の中で、飛行機の下につらなる丘にはすでに長い陰影が彫り込まれていた。平野は光に満たされ始めていた、それも色褪せない光に。冬がすぎても名残りの雪が消え残っているように、この国では、見渡すかぎりの平原に黄昏の金色の光がいつまでも残っている。(光文社新訳文庫、二木麻里訳 2010, p.9)
飛行機の下方に見えるなだらかな山々は、夕べの黄金色の中に、はやくも陰影の航跡を深めようとしていた。平原は光り輝いていた。しかもその輝きはなかなか衰えない。この国では冬がすぎても雪が消え残るのと同じく、平原は延々と黄金の輝きを放ち続ける。(岩波文庫、野崎歓訳 2025, p.11)
もう一人、最近知ったパイロット作家がいる。Mark Vanhoenacker、1974年生まれ。現役のBritish Airwaysのパイロット、B747を経て現在はB787の飛行士である。2作品[Skyfaring, Imagine a City]がある[注2]。いずれも長編、淡々と書き繋いでいるのだが、抒情的な美しい英文を書く人である。職業的作家らとは異なって比喩などの入らない分かりやすい文体である。心に思ったことがそのまま素直に言葉になっている。特に後者[Imagine a City]は、世界中の都市の印象を書いているのだが、パイロットの世界観光案内とはなっていない。どの街を巡っていても、ふと著者の心は生まれ故郷のPittsfield, MAと亡き父母の記憶に戻っていく。各所で回想される母の思い出などが胸を打つ。
飛行機の乗客には観光旅行の興奮や期待でいっぱいの人もいるかもしれない。一方、VanhoenackerはSkyfaringの冒頭の節を締めくくるところで、次のように空の上での数時間について思索をめぐらしている。光と闇が巡る地球を眼下に見ながら、地上に残してきた者たちの重みを感じ、彼らとの再会を願う。仕事で出かけているのに、このように飛行機の窓辺の孤独の中で考えを巡らすことがある。飛行機に乗るたびに私自身もそのような時間を持つことがあった。長い時間空中に浮いている。眼下では、日が沈んでゆき、雲の合間から光が漏れている。そして次第に暗闇が忍び寄ってくる。このような移り変わりを見つめながら、心に巡ることと言えば、家族や友人のこと、故郷の風景、早めに仕上げておけばよかった仕事など。
The journey, of course, is not quite the destination. Not even for pilots. Still, we are lucky to live in an age in which many of us, on our busy way to wherever we are going, are given these hours in the high country, when lightness is lent to us, where the volume of our home is opened and a handful of our oldest words – ‘journey’, ‘road’, ‘wing’, ‘water’; ‘earth’ and ‘air’, ‘sky’ and ‘city’ and ‘night’ – are made new. From aeroplanes we occasionally look up and are briefly held by the stars or the firmament of blue. But mostly we look down, caught by the sudden gravity of what we’ve left, and by thoughts of reunion, drifting like clouds over the half-bright world. (Vanhoenacker2015, pp.16-17)
もちろん、旅そのものは目的地にはならない。パイロットにとっても同じだ。それでも現代に生きる私たちは、どこかへ急ぐ途中に空の王国で貴重な時間を過ごすことができる。日常のしがらみが消え、故郷の物語が紐解かれる。そして使い古された言葉が―旅や道、翼、水、地球と大気、都市と夜、といった言葉が、新たな意味を持って立ち上がってくる。ときおり見上げる空の青さや星の輝きに胸を打たれることはあっても、私たちの視線はおおむね下に注がれている。あとに残してきたものの価値を再認識して、ふたたびめぐり合う機会に思いを馳せながら、半球だけ光のあたった世界を雲のように漂うのである。(岡本訳 2016, p.27)
これらのパイロット作家たちの上空での思索に基づいた作品を愛好している。パイロットという職業は、大きな危険を伴う複雑な業務を長時間行うものである。さらに商用飛行機であれば、多数の乗客の命を預かる仕事である。どのような職業も慣れれば、技術面、精神面など円滑な対応が可能となるものだが、この仕事に就いていて彼らのような思索的な文章を書き綴ること自体、それなりの水準の感受性を必要とするだろう。また同時に、地上を離れて空高くいるということが、人をそのような思索に追い込むのであろうか。高度10,000mのB787、あるいは高度400kmのISS(国際宇宙ステーション)などにいて地上を眺めるということは、そのような位置に自分の身を置くことで何か心を動かすものがあるのだろうと思う。単なる乗客としての私でさえ、Vanhoenacker2015, pp.16-17と同じようなことを考えている。「使い古された言葉が―旅や道、翼、水、地球と大気、都市と夜、といった言葉が、新たな意味を持って立ち上がってくる」という彼の言葉は真実である。月から地球を臨んで、立花隆の「宇宙からの帰還」[注3]の宇宙飛行士にも似たようなことがあった。技術と精神の極限を克服し、宇宙空間にいる飛行士。空中に浮いている青い地球に圧倒され、地上の生命を、小さい人間たちを思う。
もう一人パイロット作家がいる。Ann Morrow Lingbergh (1906-2001)。だいぶ前まだ30代の頃、彼女の処女作North to the Orient[注4]を読んだことがあって、今回思い出して、読み直してみた。チャールズ・リンドバーグの夫人で、彼女自身飛行家である。これは最後の章 (Flying Again) の最後の一節である。
Everything was quiet: fields and trees and houses. What motion there was, took on a slow grace: the crawling cars, the rippling skin of the river, and birds drifting like petals down the air; like slow-motion pictures which catch the moment of outstreched beauty – a horse at the top of a jump – that one cannot see in life itself, so swiftly does it move. And if flying, like a glass-bottomed bucket, can give you that vision, that seeing eyes, which peers down to the still world below the choppy waves – it will always remain magic. (Lindbergh1935, p.244)
すべてがひっそりと静まりかえっていた。野も、木々も、家々も。動いているものにしても、ゆったりとした優雅さを感じさせた。這うように進む車も、かすかに波立つ川面も、はらはらと散る花びらのように空を漂う小鳥たちも。駿馬が跳躍する一刹那をスローモーションで捉えた映画の一場面のような、はりつめた美の瞬間。そのような束の間の印象を、人は捉えることができない。あまりにも速やかに過ぎ去るからだ。そしてもしも飛行がガラスの底を持つバケツのように、静かな下界のそうした光景をのぞかせてくれるなら、そのようなさだかな目をあたえて漣の下の静かな世界をのぞませてくれるならば――空の旅はつねに魔法でありつづけるのではないだろうか。(中村訳 2002, p.255)
彼女が29歳の時の作品なのだが、空中から下界を静かに見つめている。この年齢でこのような表現を駆使できること自体、大変な才能だと思うし、美しい文章だ。空からの眺望を子どもの頃に川遊びで使う底がガラスになった箱a glass-bottomed bucketで水中を見ることに例えている。3年後にこれの連作としてListen! the Windを上梓しているが、そちらは原書を持っていないが、いずれも1930年代のものである。日本語訳が2000年を過ぎてから、つまり70年も経ってから出版されていて、私も入手した[注5]。つまらないことかも知れないが、この時間差はなんだろうと思っていた。ChatGPTはこんな理由を上げている。(1)1930年代の日本は戦時色が強まり、アメリカ文化が受け入れられにくかった。(2)女性の随筆や感性的な旅行記が重視される風潮ではなかった。そのようなことかも知れない。特に男性には(2)は気が付けない観点ではないか。サン=テグジュペリの「夜間飛行」や「人間の大地」などもアン・リンドバーグの2作と同じく1930年代のものであるが、戦時中はご法度だったとしても、戦後すぐ1950年代に堀口訳が出ている。
Antoine de Saint-Exupery, Mark Vanhoenacker, Ann Morrow Lindberghと三人の飛行家・作家について、自分の読書体験を書いた。サン=テグジュペリとアン・モロー・リンドバーグはほぼ同時代人である。1930年代の飛行を描いている「夜間飛行」や「翼よ、北に」では、前に操縦士、後ろに無線通信士が座って、通信士が地上とモールス交信し、その内容をメモにして操縦士に渡すシーンがある。また、リンドバーグは、最も初期の女性飛行士でもある。それに対して、2020年代の飛行士ヴァンホーナッカーは自動操縦と計器飛行アシスト付きのB787で世界の都市を巡る。彼らの航空環境にはほぼ100年の時間差があるが、上空の静寂の中で考えていることは似ている。
[注1]サン=テグジュペリの著作(訳本)
堀口大學(訳)「人間の土地」, 新潮文庫, 1955(改版 2012)
堀口大學(訳)「夜間飛行」, 新潮文庫, 1956(改版 2012)
山崎庸一郎(訳)「南方郵便機・人間の大地」, みすず書房, 1984
山崎庸一郎(訳)「夜間飛行・戦う操縦士」, みすず書房, 1985
二木麻里(訳)「夜間飛行」, 光文社新訳文庫, 2010
野崎歓(訳)「夜間飛行・人間の大地」, 岩波文庫, 2025
[注2]
Mark Vanhoenacker: Skyfaring: A Journey with a Pilot, Chatto and Windus, 2015(岡本由香子訳「グッド・フライト、グッド・ナイト」, 早川書房, 2016;ハヤカワ文庫, 2018)
Mark Vanhoenacker: Imagine a City: A Pilot Sees the World, Knopf, 2022(関根光宏・三浦生紗子訳「グッド・フライト、グッド・シティ」, 早川書房, 2024)
[注3]
立花隆:宇宙からの帰還―新版, 中公文庫, 2020
アポロ15号で月面に立ったジム・アーウィンは月から地球を見たときの感動を述べている。大気がないためか、地球がすぐそこにバスケットボールの大きさで浮かんでいる。宇宙での体験を表現しきれないために、自分が作家か詩人だったらよかった、などと述べている。[pp.141-142, p.145]
[注4]
Ann Morrow Lingbergh: North to the Orient, Harcourt, Brace and Company, 1935(中村妙子(訳)「翼よ、北に」, みすず書房、2002)
Ann Morrow Lingbergh: Listen! the Wind, Harcourt, Brace and Company, 1938(中村妙子(訳)「聞け!風が」, みすず書房、2004)
[付記1]
上掲の中央アルプスとウランバートルの写真はVanhoenackerのウェブサイトの写真ギャラリー[https://www.flickr.com/photos/skyfaring/]に掲載されている。このサイトには彼の読者が撮った空からの美しい風景が多数収められている。
[付記2]
なお、本題にとってはまったくの余談であるが、この文を書いていて初めて知ったことがある。チャールズ・リンドバーグには愛人3人、婚外子7人いたことが2003年に公表されている。アン・モロー・リンドバーグは2001年に亡くなっているが、そのことを知っていたのだろうか。「海からの贈物」はどのような心境で書いたのだろうか。本書の最後の文章はこう結ばれている。「波音が私の後から聞えてくる。忍耐、信念、寛容、と海は私に教える。質素、孤独、断続性、……。しかし私が行ってみなければならない浜辺は他にまだ幾つもあり、貝殻もまだ幾種類もある。これは私にとって、そのほうへ一歩を踏み出したのに過ぎないのである。」彼女の著作全般に言えると思うが、内なる葛藤と受容、成熟した沈黙のようなものが静かに流れている気がする。この件は現世的には大きな問題だろうが、彼女はそのような世界からすでに身を引いていたのではないか。聡明な女性である、もともと夫とは距離感もあり、たぶん知っていただろうけれど、あえて問題にしなかったということではないだろうか。
Ann Morrow Lindbergh: Gift from the Sea, Pantheon, 1955 (吉田健一 (訳)「海からの贈物」, 新潮社、1956)(新潮文庫, 1967)
Reeve Lindbergh: Forward from Here: Leaving Middle Age — and Other Unexpected Adventures, Simon & Schuster, 2008
Ann Morrow Lindbergh (forwarded by Reeve Lindbergh): Against Wind and Tide: Letters and Journals 1947-1986, Pantheon, 2012
Lindbergh’s Double Life (Minnesota Historical Society Homepage):[https://www.mnhs.org/lindbergh/learn/family/double-life]
2025/08