言葉の易しさ・難しさ

かつて大学の留学生を扱う部門に関係していた。また自分の所属した研究室では留学生を含めた学生諸君と仕事をした。留学生たちとの使用言語は日本語あるいは英語である。外国語を学ぶということは、読む、書く、聞く、話す、どの局面でも難しいことである、というのが私の感想である。私自身のことを言えば、中学1年から学んでいる英語がいつまでもうまくならない。話せば日本語訛りが取れない。語音、イントネーションなどいちいち正確に真似をしているつもりなのに、自分の英語が母語話者のように聞こえない。相手の英語で言うことがわかっているのに、返答がうまくできない。文章を書いて、ネイティブの方に見てもらうとあちこち修正されて戻ってくる。これは英語を使わなければならない日本の社会人によく見られる事情ではないだろうか。

英語が文法も発音も日本語とかけ離れた言語だからこうなるのか、あるいは一般的にはどうなのか。長くこんなことに疑問に持ちながら過ごしてきた。ここで話題にする人々は私が会ったことのある母語使用者(国籍とは別)である。彼らにとって日本語は母語ではなく、母国の大学4年間に日本語に接しているか、日本に来て大学院に入ってから(やむを得ずかもしれないが)日本語を習得している方々である。モンゴル語母語話者の日本語習得の速さと訛りのなさが印象的である。トルコ出身の学生や同僚教員とも付き合った。この人たちは、日本語は書くのは難しいが、話すのは簡単である、と言っていた。隣国韓国からの学生らは、母語のように日本語を話す。一方、声調言語の中国語話者は日本語の発音に声調がついてしまうので苦労していることが多いと思う。日本語の母語話者はあまり意識しないが、日本語の語音体系はかなり貧弱である、つまり使っている語音の数が少ない。モンゴル語、トルコ語、韓国語を調べてみると、これらの言語には日本語の母音アイウエオは全部含まれ、子音も日本語で使うものはほぼ持っている。文法(名詞への格助詞の付け方や文末の動詞句の作り方など)も日本語に似ている。

言語音の種類の多様性について。韓国語では子音ツとヅ/ズにあたる子音がないので、これの習得には苦労が伴う。有声音と無声音を区別しない韓国語話者が日本語の有声・無声子音を学ぶのは大変と思う。逆に日本語話者が例えば韓国語の2種のオを差別的に聞き話すのは難しい。つまり語音の種類を多く持っている言語の話者は、語音種の少ない言語の習得は容易であると言える。

実証的にはどうなっているのかわからないので、以下は私の大胆な推測である。文法構造は北あるいは中央アジア、朝鮮半島の言語に酷似しているのに、どうして語音だけがこんなに単純なのか。韓国語と比べるだけで日本語の単純さは明瞭である。とても遥かな昔に日本列島が大陸と陸続きの頃、ここに住んでいた一群がいる。それからだいぶ後に日本列島が孤立してから、太平洋諸島の人々(メラネシア、ポリネシアなど)が移り住んで、語音が単純化された。例えばハワイ語などは極端に子音が少ない。そう考えて自分で納得している。

ウラル・アルタイ語族という言語の系統がある。Wikipediaによれば、「ウラル語族とアルタイ諸語に共通する特徴としては、膠着語であり、SOV語順(例外もある)、母音調和、人称代名詞の類似が挙げられる。これらをもって〈ウラル・アルタイ語族〉という括りが設けられ、… 。」この語族が分解され、ウラル語族(フィン・ウゴル語派)、アルタイ語族(チュルク語派、モンゴル語派、ツングース語派)となるのだが、膠着語[注1]に類型的には分類される日本語と韓国語もこのアルタイ語族の日本語派、朝鮮語派となっている。(アルタイ諸語に含めない説もある、との注記あり。)ウイグル語(チュルク語派)とエヴェンキ語(ツングース語派)を母語とする学生ら(中国籍ではあるが)とも付き合いがあり、彼らの話す日本語もなめらかであった。膠着語、SOV語順などがこの流暢さに影響してはいないだろうか。かつて同僚教員だったトルコの友人の話も印象深く覚えている:「カザフスタンやウズベキスタンに行くと、最初は言葉がよく分からず戸惑うが、2週間ぐらいいると大体わかるようになる」とのこと。チュルク語派同士の言語という関係なのだろう。そんなにトルコ語に似ているのか。外国に行ってこのような気持ちになってみたいものである。なお、ウラル・アルタイ語族(フィン・ウゴル語派)には、ヨーロッパの奥深くフィンランド語とハンガリー語が含まれることは意外ではなかろうか。何万年何千年の民族移動かわからないが、シベリアからスカンジナビアまで、ユーラシア大陸北部に横に大きく広がったのだろう。長期にわたる血統の交わりがあって、なおも語音と文法の特徴が保存されていることが不思議である。母音調和[注2]については、日本語と韓国語を除くウラル・アルタイ語族では、いずれの言語においても現在も文法(音韻論と形態論)に組み込まれている。また、格助詞を名詞へ後置するという膠着語の特徴は、日本語、韓国語を含めてはっきりしている。ただし母音調和については、現代の日韓両言語ではその体制は崩壊しており、化石的な言い回しにのみ観察される。ただし歴史を遡ると、上代日本語(上代特殊仮名遣)、中期朝鮮語(15世紀中葉〜16世紀末)のデータでは母音調和のはっきりとした痕跡が見られるという。

以下、この語族の特徴のうち、母音調和と名詞への格助詞付与について調べてみようと思う。膠着語では名詞の後に格助詞を接続し、動詞の後に助動詞などが接続するが、その際には母音調和の原則に従うので、母音調和と名詞句・動詞句生成は連動している。下記は、国際音声字母(IPA)の世界言語一般に適用される母音図である[注3]。つまりヒト言語の母音は前舌/後舌、開口の狭/広、円唇/非円唇の3変数で規定される。下表では横軸が口腔内の舌の前後位置、縦軸が口の開きの広さと狭さ、である。この表の音声記号に従って、ウラル・アルタイ語族の母音調和について、次のような母音のグループ分けができる。

トルコ語:後舌母音[ɯ u o ɑ]前舌母音[i e y ø]
モンゴル語:男性母音[o ɔ a]女性母音[u ɵ ə]中性母音[i]
ウイグル語:後母音[u o ɑ]前母音[y ø æ]中立母音[ɨ ɘ]
エヴェンキ語:後母音[u o ɑ]前母音[i e]中立母音[ɨ ə]
ハンガリー語:後舌母音[u o ɑ]前舌母音[i e y ø]
フィンランド語:後母音[u o ɑ]前母音[y ø æ]中立母音[i e]
上代日本語:男性母音[ɯ o]女性母音[i e]中性母音[a]
中期朝鮮語:陽母音[o ʌ ɑ]陰母音[ɯ u ə]中性母音[i]

母音調和とは、語幹の母音がこの分類に従い、語尾を接続するときにも語幹と同系統の母音を含む接辞を選択する、ということである。中立や中性母音との呼称も見えるが、これらは後舌/前舌母音、男性/女性母音、陽/陰母音などのいずれの群とも共存できる。母音調和が各言語の文法によってこのように規定されている。

次の表[注4]は、各言語の格助詞の一覧である。音形的な共通性はほぼないが、各言語の中で母音を含む助詞は母音調和の原則に従う。例えばトルコ語のdenは語幹の母音に対応してdanに交替する。またモンゴル語のaasは語幹母音との母音調和原則に対応してɵɵs, əəsなどと変化する。子音のみの助詞は左接する語幹末子音の有声無声に応じて変化する場合がある。

語順については、ハンガリー語、フィンランド語を除いて、ほぼ日本語と同じ語順と考えてよい。この二言語については、動詞句が語末に来ることはほぼないようである。推測の域を出ないが、数千年にわたるヨーロッパでの存在が他言語の影響を受けるに十分な時間だったのだろうか。母音調和がある、名詞の性別がない、というのは、ヨーロッパで使用されている言語としては異質ではある。Youtube情報によれば、ハンガリー語にはドイツ語の分離動詞の動きに似た現象もあるらしい[注5]。オーストリア・ハンガリー二重帝国もかつて存在したので、言語の文法にもそれなりの影響があったのだろうか。

話したり聞いたりする日常使う言葉は、時間軸に沿ったリアルタイム言語処理を必要とする作業である。上に述べてきた母語話者の日常の日本語習得は他の系統の言葉を母語とする人より容易ではないか。名詞句や動詞句の作り方や語順の類似は彼らの日本語使用にとって助かるものだろう。繰り返すが、日本語の母音子音の数の少なさは際立っている。韓国語、トルコ語、モンゴル語、ウイグル語、エヴェンキ語、いずれも日本語に比較して母音子音の種類が豊富である。彼らの母語は日本語学習には有利なはずである。これとは逆に、この状況は日本語母語話者の外国語習得には不利である。日本語との比較で、外国語は語音数が多い、LとRの区別は韓国語以外すべての言語にある、などなど。

以上は、日本語を母語としない人が日本語を話す聞くという場面を想定して述べていることである。一方「外国人にとって日本語は難しい」というのが、日本社会の通念であると思う。これは日本語の読み書きのための文字表記法について言っているのである。漢字、ひらがな、カタカナが入り混じり、分かち書きがない、句読点規則がない、という「混乱」がこの言語にはある。上に触れた言語群では、ラテン文字、キリル文字、モンゴル文字、アラビア文字、ハングル文字とその言語で用いる文字種は一種である。そのためにこれらの言語では、主として句を単位とした分かち書きをしている。と言うか、そうせざるを得ない。文字種の混在、漢字の音訓読みなど、日本語母語話者はなんとも感じないで使っているが、この方式は日本語の文化的歴史的経緯に原因があるのだが、今日の世界の言語の標準から見ると複雑を極めた不思議な「書き言葉」であることは間違いない。日本語学習者が「日本語は難しい」という時には、この書き言葉の部分を言っているのである。日本語話者自身もこの難しさを実感しているから、話し言葉についてでさえ、ちょっとした外国語訛りの日本語に対して「日本語がお上手ですね」などと言ったりする。これは仕方のない現象かもしれない。ノンネイティブの人が話す日本語が日常に現れるのは、ついこの頃なので奇異感が拭えないのである。述べてきたように、文法のしくみの観点からは、日本語は北部中部ユーラシア大陸にある言語群とあまり変わらない一般的なものである。

といいながら、私がいつも不思議に思うのは日本語の語音体系である。韓国語を含めてウラル・アルタイ語族の言語の音は、それなりにユーラシア大陸の言語らしく母音も子音もかなりの数を揃えている。これに対して、日本語の母音5個、子音も相当単純化されている。万葉仮名時代でもすでにそのようである。韓国語と日本語が分岐したのが5000年前という粗い推定がある。その後、ポリネシア系の人々の移入があったのだろうか。ハワイ語、マオリ語などは語音の種類がとても少ない。

生物の系統進化研究についてのDNAのような研究の武器がない言語学。何らかの書かれた記録がない以上は言語系統論というのは難しい。私はWikipediaのいう「ウラル・アルタイ語族」を言語類型論的な枠として想定して話を展開した。本意は系統を云々するのではなく、語順の類似性、文法の類似性などに由来する外国語の学習の容易さ、習得しやすさについて関心があるということである。

[注1]膠着語
[注2]母音調和
[注3]国際音声記号, Type IPA Symbols
[注4]ほぼ、インターネット上の「Wikipedia」および「Google翻訳」を利用して収集した情報である。
[注5]ハンガリー語ってどんな言語なの?【世界の言語 007】
[資料]
今岡十一郎:ハンガリー語四週間、大学書林、1969
大島一:ハンガリー語のしくみ(新板)、白水社、2017
オーハン・テュレリ:トルコ語 文法・会話、丸善、1969
河野六郎・石原六三・青山秀夫:朝鮮語四週間, 大学書林, 1968
竹内和夫:トルコ語文法入門, 大学書林, 1970
角田太作:世界の言語と日本語(改訂版)―言語類型論から見た日本語, くろしお出版, 2009
温品廉三:モンゴル語のしくみ(新板), 白水社, 2021
増田忠幸:韓国語のしくみ(新板), 白水社, 2017
吉田欣吾:フィンランド語のしくみ(新板), 白水社, 2014
[参考]
清水達雄:文字と言葉の世界一周、東京図書、1998
明星学園・国語部:にっぽんご1〜7、むぎ書房、2014
M. Robbeets and A. Savelyev (eds.): The Oxford Guide to the Transeurasian Languages, Oxford Univ. Press, 2020
[付記1]
角田2009は、130のヒト言語のデータを元に類型論的な検討を行っている。音形を除く語順や格を含む文法の特徴を詳細に考察している。同書の結論のひとつは次のようなものである。
(同書, p.2より引用)「よく日本語は特殊な言語である等という人がいる。又、「日本語の特質」、「日本語の本性」といった題の本もある。例えば金田一(1981)(日本語の特質, 日本放送出版協会)である。しかし、これらの人達は日本語を世界の諸言語と比べていない。世界の諸言語と比較しなければ、日本語が特殊であるかどうか、分からない。(中略)結論としては、日本語は決して特殊な言語ではない。世界の言語の中でごく普通の言語である。」
なお、本書の付録には興味深い「世界の130の言語語順表」(pp.280-306)がついている。
[付記2]
Robbeets/Savelyev2020は、トルコ系諸語、モンゴル語、朝鮮語、日本語を中心とした言語類型論に関する47論文の一大集成(ページ数893)となっている。

2025/03

上部へスクロール