紅旗征戎吾が事に非ず、とは藤原定家 (1162-1241) の日記「明月記」に載っている言葉である 。「明月記」は漢文で書かれている。「世上乱逆追討雖満耳不注之、紅旗征戎非吾事(世上乱逆追討耳に満つといへどもこれを注せず、紅旗征戒吾が事にあらず)」。以下、意味を[付記1]より引用。
「世の中の謀反(むほん)とそれを征伐する話がいっぱい耳に伝わってくるけれど、これを書き記さない」というわけだが、続いて「紅旗征戒(せいじゅう)吾が事にあらず」とある。つまり「戦いのことは自分の知るところではない」という意味。
定家が19歳の時に芸術至上主義への覚悟をした(と堀田善衛[資料1]が主張している)有名な文言である。他書によれば、定家は60歳の時に再度この表現を記しているとのこと。文献研究者にとっては、彼が晩年のこの時期に書き直したか、加筆した可能性が高いとのこと。19歳で芸術至上主義の覚悟、とは堀田が理想化し過ぎているということ。定家は80歳近くまで生きたのだが、長い戦乱の世に身をおいて、かつ出世もままならない貴族の身で、世事に惑わされないぞと自分を励ましながら、「紅旗征戎吾が事に非ず」の言葉をかみしめて生きたのだ。和歌の道に精進し、古典の筆写をやり遂げている[付記2]。平安末期から鎌倉幕府が成立するその頃、彼はその一生を戦乱の世においたのである。定家18歳の時に源平合戦(1180-1185年)が始まり、60歳の時には承久の乱(1221年)である。
吾が事に非ず、というこの言葉は、老境にある者に実感をもって迫ってくる。なぜ老人プーチンは領土を広げようとウクライナ侵略をするのか、イスラエルパレスチナは紛争はいつ終わるのだろうか。互角と報じられていた2024年アメリカ大統領選挙、なぜ78歳の老人トランプの圧勝なのか。これらすべては、紅旗征戎吾が事に非ず、NONE OF MY BUSINESS である。自己に集中せよ。
テレビを見ると知らない俳優やタレントばかり、なんとも別世界である。時には知っている方々も出てくるのだが、残念ながら訃報である。長くテレビや書籍で知っている同時代人であった北の富士、谷川俊太郎、火野正平。ご冥福を祈る。たまたまだが、お三方の命日が1日違いで並んでいる。私の生きてきた世界が次第に去っていく。Youtube には老人への説教が出てくる。老年のお前には残された時間が少なくなってきている、本当に大切なことにのみ時間を使え、というものである。老人の生活の一般論とは真逆の主張である。よく言われるのは、現役を終えた老人は接する社会が狭くなるので、趣味などを活かして友人関係を広げて人生を送るのがよいということだ。私の退職後の生活にも各種ボランティア、短歌、銅版画などがあった。しかしそのような活動で生活が豊かになったのか、そんな実感はまったくない。老齢になってから新たに友情を育むことはとても難しい。他にやることが思いつかないための時間つぶしの活動だったと思う。私はずいぶん時間を無駄にしたようだ。何をしようが、何を考えようが、時間が過ぎていく。大切なこととは何だろうか。
小さな親切大きなお世話、とはよく言われることである。当人には余計なことだったかもしれない「親切」を強いながら友人たちと長いこと関わってきた。「良かれ」を念頭に。良かれ、というのは私の勝手な想念だ。これに対してYoutube は説いている、老年になって友情が壊れることはよくあることだと。たしかに、私は退職後に中学高校以来の長い友情をいくつか失っている。長かった付き合いがこんなふうに終わっていいのだろうかと思う。あなたとはもう縁が切れていると言われる。原因はお前だと言うのだろうか。何とでも言え。
私自身老人なのだが、老人との友情をキープするのは難しい、これが私の最近の思いである。妻を亡くした相手を思い電話、遠方に住む古い友人にLINE、などということは大きなお世話だ、止めたほうがいい。老人は心身両面が傷んでいる。自身の不調に関心が集中している。長年の友の連絡をありがとうなどとは思わない。学校や職場などを通じて長い友情を育んできたのだが、ここへ来て死が間近に迫っているせいだろうか、不機嫌な人たちがいる。私自身だってそうなる可能性があるのだ。「やあ、久しぶり。そのうち一緒に飯でも食うか」などと言う人は本当にまれである。10年20年前と同じつもりで友人らに接しようとすることは、禁物である。紅旗征戎吾が事に非ず、ミニマリズムに徹して自分自身の充足のために大切な時間を使え。
[資料1]
堀田善衛:定家明月記私抄・定家明月記私抄続編, ちくま学芸文庫, 1996
[付記1]
「秋庭道博”10000篇のコラム”」
[付記2]
例えば 源氏物語、土佐日記、更級日記など、定家にとっては200年も前のこれらの作品を彼が発掘・筆写・保存していなければ、千年後の今日私たちが目にすることはなかった。どのような情熱が彼を古典筆写に追い立てたのだろうか。
2024/12