戦争とは

[1] 松里公孝:ウクライナ動乱(ソ連解体から露ウ戦争まで)、ちくま新書、2023
[2] 小泉悠:ウクライナ戦争、ちくま新書、2022
[3] Natascha Wodin:彼女はマリウポリからやってきた、白水社、2022
[4] 千々和泰明:戦争はいかに集結したか、中公新書、2021
[5] 石澤友隆:戦争のころー仙台、宮城、河北新報出版センター、2020
[6] John Dower:敗北を抱きしめて (上・下) 増補版―第二次大戦後の日本人、岩波書店、2004

ロシアとウクライナの戦争が続いて一年が経とうとしている。Youtubeなどのインターネットメディアのせいであるが、これまで自分がニュースなどで知った戦争と比べるととてもリアルタイム性が高い。今現在戦っている場面を動画で見せつけられる。もちろん遺体は映らないが、多くの若者が死んでいる。かつて1990年代初頭、メールやWebブラウザに衝撃を受け、半世紀後には地球規模の緻密なケーブル網が張り巡らされ、国境がなくなるなどと考えたことがある。あれから40年、私の貧弱な想像力を遥かに超えて半導体メモリや光ケーブルが爆発している。そのような環境で世界中での戦争を見せられている。

松里、小泉の両書はロシアウクライナ戦争が起きてからの著書である。特に松里2023は500ページ強の大著である。メディアや西側Youtubeを見ていると、突如侵略したロシアは〈悪〉、ウクライナは〈善〉という見方になりがちであるが、ソ連邦時代から90年代のその崩壊と新国家樹立を詳細なデータをもとに議論している。大変複雑な話である。小泉2022はメディアとはまた異なった視点からの新著となっている。前者は妻がウクライナ出身、後者はロシア、と家族が戦争当事国に関係がある方々である、著者家族の両親や親戚(特に松里は、ウクライナのハルキウとのこと)がいま戦火の中にいるわけである。平穏な気持ちではいられないであろう。ウクライナという国家名が出てくるのが1922年とのこと、日露戦争というときの日本とロシアという2つの帝政国家。ロシアウクライナ戦争でのロシアとウクライナはどのような戦争なのか、インド・パキスタン紛争、ナゴルノ・カラバフ紛争を「紛争」と言って、ロシアとウクライナは国家間の全面的「戦争」という。

千々和2021は、戦争の終わり方を巡って詳細な検討を行っている。この本は2021年7月に初版であり、ロシアウクライナ戦争が始まる前に出版されている。第一次大戦、第二次大戦欧州、第二次大戦アジア太平洋、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争の経過と終結を分析している。ドイツと日本の国家主権の喪失、無条件降伏など他の戦争と比べて、きわめてユニークな終わり方をしていることを学んだ。Wodin2022もドイツ語原著はウクライナ戦争より前に出版されている。白水社は、マリウポリの名前がメディアによって著名になってから出版している。ウクライナ戦争前は、私はマリウポリという街の名前も知らなかったし、それがどこにあるのかも知らなかった。Wodin2022は、ウクライナ戦争の本ではない。著者の母親と親族のルーツをヨーロッパ全土に追っている物語である。マリウポリは何度となく国家が変わり、そのたびに街は破壊され、再生を繰り返している。ユーラシア大平原の民族と文化の混交を思い知らされる著作である。「国家=民族」nation-state 信仰は、島国ゆえに民族交流が少なかった日本には色濃く残っている。「日韓のハーフ」「父は[アフリカ系やアジア系ではないことを暗示しつつ]フランス系アメリカ人です」「日本人そっくりのカザフ人[←日本人の誰にそっくりなのか]」などという空虚な表現を意識せずに使う。昔トルコのアンカラに友人がいた。二親が黒髪茶眼であっても、金髪碧眼の子どもが生まれることがあると言っていた。Natascha Wodinには自分がなにかのハーフやクオーターなどとの認識はないだろう。むかし匈奴系民族は中央アジアから西進して今日のハンガリーの基礎を作った。国境や国家形態が何度も変わったハンガリーの人々は自分が匈奴の末裔であると思っていないだろう。血統は激しく混じり合い、ハンガリー語だけがアジア出身である痕跡を留めている。国境もなんども動いている。この大平原を舞台に、数千年にわたって民族と文化の混交が続いてきた。北アジアの大興安嶺山脈、中央アジアのウラル山脈など多少のアップダウン(いずれも最高峰が海抜1800mほどらしい)はあれど、ロシア沿海州からドイツとフランスまで平原が続く。モンゴル帝国、ソビエト連邦、などが成立するのはこの地理的条件によっている。変化の原因は、ほぼすべて戦争である。

Dower2004は、日本の敗戦直後の歴史を述べているが、まだ拾い読み状態であるので、後日書き加える。英語原題Embracing Defeat が印象的である。Embracing Defeat という言葉について、あのころを体験した人々はどう思うだろうか。石澤2020は、仙台の食糧難は戦争中よりも戦後のほうがより悲惨であったとは書いている。日本が戦後の暴動も革命もなく、ドイツのような政治的な分断もなくこの小さな列島で比較的整然と国家主権を回復していく様を、Dower2004は「敗北を抱きしめて」と表現したかったのか。

2023/01

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